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新生

人は死ぬまで恥をかきながら生きていくものなんだな・・と感じる。

そして、知らないことばかりで、人は小さい世界で一生懸命に生きていくの。

色々な世界があって、

私の知らない初めての世界を知ると私は興味とともに恐ろしさや不安も感じる。

そして、自分の中に新しい芽が出てきていることに気がつく。

今まではそれが恐ろしくて隠してしまったり、摘み取ってしまったり、子どもの頃から純粋に出来上がったモノだけを大事に大事にしていた。

そして、そのモノが無くなることも怖かった。

生があれば死があるように、失うことを恐れていてもいつかは失う。

私のココロの中の新芽がしっかり大地に根付くように色々な経験や考え方をという栄養を絶えず注ぎ育てたい。

ココロの中に沢山の水や空気や木々を育み私は生きていこう。

雨の日も嵐の日も照り続ける日もこれから沢山あるのでしょう。

辛いことばかりかもしれないけど、

今私の中で出てきた芽をちゃんと受け止めていこう。

きっと人には忘れてはいけない魂があって私はそれが何なのか知りたい。

それはもう私は知っているのかもしれない・・・。

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折り返し地点

ひさしに一句

 頬なでる

   冷たい風は 優しさと涙を誘う

                 師走の月夜

白い月は私を見ていた。

いつでも私はあの頃の私に帰れるのだと・・・・。

大事な人が辛い時も頑張れるように、そして、私が犯した罪を神様に許してもらえるように。

もう、なにもいらない。

ただ、生きて暮らしを育み、自分をさらけ出せるように。

生きていく上では仕事をします、

微笑みの裏では涙を流します。

でも、大丈夫。

なくしたものは返らないかもしれないけど、私の思いは永遠です。

遥かなる地平線に

求めるものを探すように・・・。

守るもの亡くすもの失うものそして・・得るものすべては

等しい。

そして、これを知らせてくれた、すべての友人に感謝します。

生きることも死すこともすべては用意されたものです。

さぁ、迷わず進みましょう。(微笑)

会えてよかった。

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ヘアースタイル

今年の初めの自分の写真をみる。

いい年齢で金髪ショートヘアの私。(ここ数年金髪ヘアーだった)

現在・・師走になり、鏡をみたら、

黒髪の昔のおばちゃんパーマヘアー。←結構周りでは受けがいい。(?)

どうして金髪にしていたのか?とある母親から聞かれた。

彼女の子どもも金髪にしているから疑問に感じたのだろう。

反抗心だったり、ファッションだったり、流行りだったりすることもあるが、私の場合は

「相手を警戒しているサイン」そして、唯一の「自己防御方法」だったのかもしれない。

あとは気合かな・・。

以前の仕事はうさんくさいお客(いわゆるクレーム客)を相手にしていたから、少しでも見かけで勝負しないといけない。(弁償とかになると会社の損害になるからね)

とにかく、見た目で優勢になるならと思い、知らず知らず怖そうな人になった。

思えば顔つきや目つきも非常にきついかったなぁ・・。

今はもう警戒しなくていいかと思うようになったら、自分で黒髪に戻して、

仕事するうえで邪魔にならないようにそして、今の自分に似合う髪形と思うようになった。

見かけと心の違いはあるけど。

私の場合は心が少し優しくなれたから、金髪とか茶髪をやっと卒業できたと思う。

うん、やっぱり人間は見た目もすこーしは大事だけど

やはり、心だね。

ココロが姿形を作り出すのかもね。

しかし、夫は「似合っているね!」とかすんなり言えないのかしら?

周りの知り合い(男も女も)は「可愛くなったねー」と言ってくれるのにねぇ。

似合ってないのかしら(^^;

ああ、わからない・・・。

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人間のさだめと愛の形

「若者・老人」・・「中年」という言葉もある。

私は中年です。若すぎてもいないし、老いてもいない・・・。

人は色々な形で生まれるそして、成長する。

老い方もそうなのだ。

あかちゃんの思考を理解することが不可能のように、認知症の方の思考を理解することは人間性の思いやりと技術がいる。

なぜ、技術かというと、介護の慣れだったり、知識など。

人として生まれたら、最後まで「人」なんだと思う。

人は喜びもあれば、悲しみや不安をもつ。

これは健康な老人も若者も病気の方、認知症の方でも常に考え、最後まで持ち続けている。

常に人は自分の存在を認めてもらいたいのです、

常に好意を持ってもらいたいのです、

常に自分を信じてもらいたいのです。

そう感じました。

私も同じです。

私は自分を人として感じ、受け入れて欲しいと常に思っています。

本当の自分に好意を持つ人間を見つけることはなかなか難しいです。

それは、大抵の人間が人と関わる時に壁を作り、本当の自分を見せないからです。

友達・恋人・夫婦・・家族でもこの壁を作ることがあります。

すべてに同じことはないで、仕方ありませんね。

結局、人はどんなに強がっていても最後は

他人に自分の心をゆだねることになるのだと言いたいのでしょう。

そして、私ができることは出会った人に自分の心の壁を薄くして受け入れ、

自分の心が傷ついてもいいと思えるようになってきた。

そのかわり、とても辛いけどね。

どうか、みんなが不安にならないように・・・。

すべての愛する人たちへ

感謝しています。

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クリスマス・イヴ

私が子どもの頃、サンタて奴はことごとく私の幼い純粋(?)な心を踏みにじった。

12月25日・・・周りの友人たちにはサンタさんからのクリスマスプレゼント。

私は枕元にむなしく残るサンタへの手紙・・・。

親からは「現金」のプレゼント(!)←これはこれでプレゼントなんだよね。

サンタがなんだってんだよ!お正月はもうすぐそこで、お年玉で買えばいいんだ!

と相当すねてた。

サンタは色々な姿形をしているのかもしれないね。

私は今もサンタさんていると思う。

サンタさんは生活や心の貧しい人たちに少しの温かさや食事を与えて下さるのだろう。

私は自分が寂しい時にサンタは来てくれた。(^^)

それでいいのかな?

そして、クリスマスが本当に素晴らしい日だと

今年の12月24日わかるのだろう。

ずっと探していた、私の本当の気持ちや信仰を

受け入れる事ができますように。

見守っていてください。

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人の生の道

綺麗事かもしれない・・・。と初めに伝えます。

今まで儲けを優先して私は生きてきました。

昔・・合言葉は「儲かっている?」だったんだ。

そして、福祉と呼ばれる仕事をして「儲け」とは縁遠い世界で生きている。

今、私は「あなたに会えてよかったです。」が口癖です。

また、貴方に会うのが楽しみです。なのだ。

以前ならとんでもない、金さえ落としてくれたらもう二度と貴方には会いたくないと思いながら仕事をしていた。そして、死ぬほどそんな自分をココロの中で嫌っていた。

私が今まで来た道はそれなりに良かったことも今の仕事で理解でき、そしてさらに視野は

広くなりました。

羽田澄子さん監督の「終わりよければ すべてよし」という作品をみてきて、

「人として生まれるということはなんと幸せであり不幸なのだろう!」と思いました。

人と生まれることは私は素晴らしいことなのだと感じました。

そして、辛いことも悲しいこともあるのだと感じました。

そして、生まれる事や死ぬ事は心を揺さぶられる感動なんだと思いました。

生や死は人や動物にはたった一度しか来ません。

人はちゃんと生まれ死ねるのです。(動物は野生など異なります)

なら、自分で死を覚悟して生きてみるのもいいのではないかなと思いました。

そして、生きている間は自分にできる事をすればいいと

思いました。

私は知らないうちに人を傷つけたり、悲しませたり、苦しめたりしているのだろうと思います。

償うことはできないけれども、祈ることはできます。

尾崎 豊さんが最後に祈ったように。

私も祈ります。

私の犯した罪を許して下さい。

そして、導いて下さい。

私の祈るすべての方に幸をお与え下さい。

私は人生という道を希望と夢を抱いて進みます。

すべての人に感謝します。

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本と私と希望

Photo   どうしても大事にしている本がある。

 「星の王子様」

 「アルケミスト」

 たぶんこの本は死ぬまで読むであろう。

基本的に今持っている本たちは私のバイブルなのだ。

手塚治虫さん・西原さん・はるき悦巳さん、石ノ森さんなどなど。

何度でも読めるし、そのたびに色々な角度で作品や自分の考え方に気がつき、子どもの頃のように楽しめ、また大人として考える事が楽しい。

アルケミストはいいます。

「もし、自分の運命を生きてさえいれば、知る必要のあるすべてのことを、人は知っている。しかし、夢の実現を不可能にするものが、たったひとつだけある、

それは失敗するのではないかという恐れだ。」

私はほんの35年の人生でこの本に21歳の時に出会い、何度も読み返していた。

別れた夫にも渡しました。

そして、夢をかなえたいと思った。そして、ずっと自分は何も夢を実現できなくて

ただ、生きて生きただけだと思っていた。

ところが、私はちゃんと夢を願い、祈り、そしてチャレンジし叶えていたことに、気がついた。

私は我慢なんかしていなかった。

そして、必ず、助けてくれた。

愛する人とともに生きたい、彼の子どもが欲しいと願えばちゃんとそれは実現した。

旅に出たいと思えば、神様は北海道や海外の私が求めた地(ネパール・香港等)導いてくれた。

何かを願ったり求めたりすることは確かに怖い。人は変化が一番怖いのかもしれない。

でも、自分の心の声をきいて、希望や夢を実現しようとすると、

ちゃんとそこにたどり着くようになっているのだ。

私はそう思うと安心して、夢をみる。

そして、夢をかなえるためには楽しみも苦しみもあることがわかる。

ただ、それに負けないように、自分だけで夢をかなえるのではなく

多くの人に支えられ、助言され、沢山の人の生き方をみたりして、行くのだろう。

私の今の願いは

お年寄りたちが経験した戦争はもうやっちゃいけないと思います。

平和である世界を望みます。

殺した相手は自分かもしれません。自分を壊しては悲しいです。

そして、病気やけが、母子家庭や父子家庭の子どもたち、・・・お年寄りたち

が少しでも幸せになってほしいと思います。

同じ、人間です、大切に優しくして下さい。

自分さえよければいいという考えは悲しいです。

でも、人には希望があります、きっと大丈夫でしょう。

私は信じたいです。

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