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命のともしび

昨日購入した「アロマペンダント」をつけて

出勤した。初めは・・・・なんとも思わない。かぐわないというのか。

仕事を終えて一息つくと・プ~ン!と独特のシップ香り。

 誰かしら?と思うと

実のところ私だった。(^^)

犯人は「ペパーミント」でした。

ああ、私は沢山の人から命の炎を頂いてるのだ。

病室の隙間に生きている炎。

私は分けて頂いた。ありがとう。それしか伝えられない。

私たちとは違う「今」を生きている。

明治・大正・昭和・そして平成を生きている。

歴史は人により存在するの。

年配者に感謝し、尊敬をしています。

木々を見ている貴方はとてもきれいな目をしている。

私は貴方の足元にも及ばない。

貴方は今ここにいるのですね、

正直に今を生きる貴方は素晴らしいです。

貴方の言う、「イタイよ。イタイよ。」という言葉が私の心にも伝わります。

私はまだまだ、ひよっ子だからごめんね。

貴方の心に痛みに寄り添えるようになりたい。

そして、私は貴方を忘れない。

生きてください。私を育てて下さい。

だからお願いします、神様。

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こころの換気扇

Ca390024_2   台風一過の秋空。

このところ、体調が良くなくて一日の半分は寝ていたように感じる。

思った以上に仕事が早く転がりこんできて、私は戸惑うこともままならぬままこの世界に飛び込んだ。 

 「初心忘れべからず」

自然をあるがままに受け入れるように、人を受け入れよう。

そして、年長者は素晴らしい経験(喜びも悲しみも)を私以上に持つ。

そのしぐさや語りかた、考え方・・どんな方でも懸命に生きている。

生きていることはとても大変なことなんだけど、高齢者の方はそれでも先の見えない人生をいきている、

たまにはいやみや暴言をいう方もいるけど、私の倍以上も生きているのだ、

受け入れることができたら・・・と思う。

彼女、彼らから多くを学び、伝え、紡ぎ、人は生きていくのだろう。

私はきっと迷いながらも、彼らに導かれて進むのだろう。

出会いは偶然じゃないと思う。

私はこれから出会う、そして今まで出会ったものを大事に心の中にいや、私の一部として

共に過ごしていきたい。

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そしての出会い

Rokapark ふるさとは遠きにありて思うもの

そして悲しく詠うもの

室生犀星の詩のくだりです。私はこの詩がとても好きです。

そして、私は一人が好きになりました。

一人は誰も私を傷つけることがないと感じたから。

人は一人では生きられない・・・。

でも、私は一人でいようと決めました。

私は浅はかだった・・・。

人は一人では生きられません。

そして、それも私は人は一人なんだと感じました。

息子に一をつけたことも必然だったのでしょう。

私は人生は一人だから思うがまま麗しくと感じました。

そして、私は自分の心をはなつ事で失うことや得ることを体験しました。

傷つけ、気つけられ・・・。

そして、私はこの人生を選んだのでしょう。

やっとわかったのは、一人を知る人が人を大切に生命の儚さをしるのかもしれない。

そして、私はこれからも命ある限り出会い続けるのでしょうね。

貴方にあえてよかった、ありがとう

と伝えたい。

@沢山のカードの中のジョーカーになりたい

そう、人は一人ではない。

私や君の中にたくさんの命が流れているんだ。

そして、出会いを丸ごと受け入れる。

私はあなたが好きです。

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2nd Life

P1010317_4

昨日、友人に報告してきた。

彼女の場所からは素晴らしい空と木々・・・子どもたちの声。

保育園の運動会の練習だろうか・・・、トトロの「歩こう」が聞こえていた。

とりあえずヘルパーの免許を取得したこと。

数少ない友達が私を支えてくれ、貴方も知っている彼の友人も元気なんだよ…などなど。

そして、君の死があったから今の私がいるのだろうと伝えられた。

最近、急速に世の中の事や自分のことなどが理解できるようになってきたように感じます。

誤解もあるかもしれないね。

でも、もうそんなことはどうでもいいのかな。

ただ、受け入れたい。

すべてのことを。

自然の中にいると私の存在は「無」ではなく「無限」になるように感じます。

私という個ではなく、形のない・・・今は上手に表現できない。

なにかが人や動物・自然・その他とふれあうことで共鳴するというか、

連鎖していくように感じました。

そう、貴方がいなくても心は伝わり

永遠になるのでしょう。

貴方は今でも私の心で生きています。

そして、私は人や自然とのふれあいで貴方を無限に伝えているように感じました。

そう、このどんぐりやクヌギの実は

自然と人とのふれあいで今ここにあります。

みんな、どうもありがとう。

これからもよろしくお願いします。

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命は巡る

Ca390007

今日は初めて写真を載せてみました。

今月携帯電話をカシオ(au)機種変更をしたので、とにかく写真撮りまくりです(^^)

近所の公園に行くと時間を忘れる。

沢山の命の営みを感じるようになりました。

以前は同じ公園に来ても運動のため、子どもと遊ぶため。ゆとりがなかった。

下をみるとどんぐりが沢山あって嬉しくなった。

見上げたら、空が高くて・・・。

「ああ、今日みたいな日に死ねたらいいなぁ」としみじみ感じた。

それ位、穏やかで、心が豊になった。

命は巡る

大木の新芽に命を感じ、これから生まれるもの、そして、老いて死に行くものたち

死んでしまった私の大切な人や知らない人たち、

すべては「ひとつ」なんだなぁと体と心で感じられた。

きっと、私もその時が来たら自然に帰るのだろう。

生まれてよかったと思う。

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沢山のありがとう

私はやはり1900年前後に生きる人を敬う。

男性も女性も感性が豊かで、時代が彼らを研ぎ澄ましたのかもしれません。

私は日独伊三国同盟時代がどうしても忘れられません。

日本やヨーロッパはそれ以前にも多くの歴史や功績を残しましたが、それ以上に多くの犠牲も残しましたね。

お互い様といえばそれまでですが。

互いに愛する者や愛する友、愛する家族、知人がいたのでしょう。

私はただ祈ることしかできない、「天国で幸せになって下さい」としか

今日、貴方に初めて会いました。

エディット、貴方の心の情熱・静けさを祈ります。

そして、私は貴方に会えて良かった。ありがとう。

私はこれから沢山のエディット・ピアフに会うのです。

ワクワクします。

すべての高齢者に祈ります。

生きてください。

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映画という愛の形

明日は映画レディスデーということでエディット・ピアフ 愛の讃歌  LA VIE EN ROSE」を

観に行く予定です。

この映画は国は違うけれども、日本の昭和初期を生きた人間のお話。

流れる歌声は懐かしくもあり、悲しくもあり、喜びも感じました。

明日の映画が楽しみです。

私の知らないあの時代。

私が知る女性や男性は昭和初期いや大正を生きた方もいる。・・少しでもあの時代を知りたい。

彼女や当時の人々はどんな心で生きて苦しみ輝いていたのだだろう。

邦画・洋画私は大好き。

寅さんで笑・涙をこぼしたり、最近では子きつねヘレンで大泣きをした。

釣りバカで大笑いしたり。

あと、ジブリ作品は素晴らしい。

ハウルかっこいい!とオバサンしていました(声優の木村拓哉よりも、賠償千恵子に感動!)

すべてに共通しているのは「守るもの」で「それぞれの愛の形」なんですよね。

だから、映画は面白い。

明日が楽しみです。

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運命と宿命と私

2007年という年は私の人生の中でも、重要な年なのかもしれない。

10年前の結婚と出産・・、離婚やシングルマザーとしての生活と

うつ病、治療、再婚、再婚生活。

ほんの十年の間にこれ以外にも人と出会い、別れ、誕生をみたり、人を亡くしたり。

労働という家庭に生まれ、「子供に貧しい思いをさせたくない」という親はがむしゃらに仕事をして、私は親の機嫌を損ねないように仕事を手伝った。

今の貴方は幸せですかと聞かれたら

ちゅうちょしてしまうだろう。

母親から「ママの子供に生まれて幸せだったかい?」なんて今頃聞かれたのと同じ。

その答えに一瞬、ためらった自分がいた・・・。

親は子に何をもとめるのだろうか。

母親になり10年になるがいまだにわからない。

息子は子供だが個の人間で「貴方がお母さんでよかったよ」なんて嘘でも言われたくない。私はたまたま、あなたを産んだし、育てた。思い出もある。

こちらが「お前が子供で良かったよ」と言いたいな。それだけかな。 

話はかわるが、再婚したのならもう一人子供を産みなさいよとか、次は女の子ねとかよく言われるが、余計な御世話だ。

私はきょうだいがいて正直いやだ。

親自身がある程度の年齢に達した時点で、財産・相続の件で子供にはっきりできるなら兄弟姉妹もいいだろう。大抵それができる親は人として親として成熟していると私は知り合いの親をみて理解した。

人はいつか必ず死ぬ事、生きていても自分を忘れてしまう人だっているんだ。

私の両親は「いつか死ぬ」とはいうけど死んでも死にきれないだろう。

私も今の親の年になったら理解できるのだろうか?まっぴらごめんなんだけどね・・。

とどのつまり、私はまだまだ親として自信もないし、しつけも何が正しいのかもよくわからずいる人間なんで、わが人生では子どもは打ち止めしました。

来年からは子供共に自分育てをしなければいけない。

気楽に楽しく人生を送れたらいいと思う。

人と心を大事にしたい。

お金も最低限度でいい、豊かになりすぎた。

お金では買えないものに沢山出会いたい。

色々なことに感動したい。

大好きな人をたくさん作りたい。

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気づきと探しているもの

私はいつも迷っています。

将来はどうしたら良いのだろうとか・・、これからどうすれば良いのだろうかとか・・

毎日、毎晩考えて

感じたのは

語り合う友を持つこと。

男とか女は関係ない。

ただ、同じ気持ちを持つものだけにわかるココロ。

今頃、わかる自分が愚かしい。

探しているものはすぐそばにあった。

そして、いつものように暮らし、日々を営み、

私は見つめていた。

私は馬鹿だった・・・。

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眠り

最近、同じような夢をみている。

夢はとても疲れるね。

朝、目が覚めると罪悪感と後悔で現実に戻るまでに時間がかかる。

そう、まるで老人のような心になる。

できるなら、目覚めずに眠ったままでいたい。

人は生まれて死んでいくまでにどのくらい喜び、悲しみ、様々なことを経験するのだろう?

「長生きなんかするものじゃないよ」

何度聞いた言葉だろう。

そして、生きていきたいのに死んでいく言葉。

「くやしい・もっと生きたかった」

私の心の中で言葉が重なる。

生きる・生きられない・・・

眠りの中で心が癒されたり、責められたり、

優しくも悲しい人の心なのだろうか。

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