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児童虐待

ひさしぶりにブログ更新なのに生理中・・・。

PCでのブログは心にゆとりのある時、感動した時に書くようにしている私。

・・・今は正直ゆとりは・・・中である。

私はある虐待児のことで数週間悩み、動いた。

親に虐待され、母と逃げ、逃げ切れず・・

いや、本当は親は優しいのだと信じている子ども心。

虐待児の子どもの虚栄。嘘。

まのあたりにして私は「困惑」した。

どこの家族も幸せとは限らない。

気がついたこと

子どもは

母親がいないと生きていけない。そう、怖くて怖くて・・。

「いつ自分が捨てられて一人ぼっちになるのか・・・」怖い。

そして、自分は愛されているんだと錯覚してしまう。

いや、錯覚じゃないのかもしれないね。

虐待する親は豹変する。

きっとその親も迷い悩んでいるのかもしれないね。

どうやって愛したらいいかわからないのだろう

私は子どもをみて思う。

小さい心を懸命に守ろうと見栄をはり、暴力・暴言をする。

心の中では「お母さん!お父さん!僕を大事にして!」

と訴えてる。

他人にはできないんだ。。

お母さんやお父さんがいて安心できる環境じゃないといけないの。

近道なんだろうし、難しいことなんだ。

私は彼を見守る、

できるかぎり・・・・。

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「心と体」カテゴリの記事

コメント

児童相談所で働いている友人がいます。
いろいろ問題が多い、愛知県。

彼が言ってました。
虐待の疑いが指摘されても
子どもが親から離れたがらない。
親は子供を離したがらないんだから。

悲しくゆがんだ絆で結ばれてしまった親子はあちこちにいるんですね。

他人の人生と関わると辛さを共有してしまう。
優しい人ほどつらくなります。

「彼」とらんさんがおだやかな日を送れるように遠くから祈っています。

投稿: はづき | 2007年7月25日 (水) 01時35分

 私も親から見離され殺されそうになったことがあります。三日間食事を抜かれました。四日目に意識が薄れて「死んでもいいけど、僕はお母さんと一緒に生きてゆきたいとお願いしました」そして、今があります。
子供は母親になら殺されてもいいと思っています。他人が間に入っても、母親の心が子と一緒に生きてゆこうと思う心が無い限り、不幸は起こり得ます。母親の心が清浄に還るのを願います。
母も女、男と子供を天秤にかけたり、複雑な苦難を抱えると心狂いが生じます。私の母は仏にすがりました。・・・

投稿: 凡夫 | 2007年7月25日 (水) 23時16分

私の住んでいる東海地区は梅雨明けしました。
本格的に「夏」です。

いろいろある問題もカーッと明けるといいけれどそうは簡単にいきませんね。

暑中お見舞い申しあげます。

うちのコはこの暑いのに、いまだにくっついています。
今も足もとにいます。
しばらくは家でするパソコン作業、時々一緒に昼寝ができます。

自分が親と手をつないだり、抱いてもらった記憶がないので、子供って苦手です。
自分が「子供」を愛せるのか…その自信がない。
母になる人は「勇気」があるなあと感心してしまう。

でも、うちの猫はみな、無条件にかわいい。
嫌がられても抱き上げて、すりすりしてしまう。
仕事の邪魔されても、怒れない。
猫に対する愛情の何分の一かは、子供に持つことが出来たかもしれないですね

投稿: はづき | 2007年7月28日 (土) 02時03分

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