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生きているモノの死

自ら死んでしまうこと・・・。

自分で死んでしまう事を選ぶモノが居ます。

でも、沢山の人が日々に戦い、死にたくなり、なんとか生きているのだと思う。私も同じです。

私は初めて知った「死」は人ではなく動物でした。

今でも忘れません。

親ネコに見捨てられた弱い子猫でした。

当時私は自分が親に愛されていない状態だったので、懸命に助けようと

頑張りました。

お小遣いで買った哺乳瓶、ミルク・・・。

でも、死んでしまいました。

自分がもっと賢明だったら力があればと思いました。

今思うと私は「ベストをつくした」と昔の自分を慰めたいです。

「貴方なりに頑張っていたんだよ、偉いね!」と。でも、当時誰も求める言葉をかける大人はいませんでした。

私は小さい命が消える事でとても沢山の事を学んだ。

命のともしびが終わるまで一生懸命に生きること。

辛くても、悲しくても、生きていく事。

人ではなく動物に初めて教えてもらった。

命は等しいのだ。

だから、命を投げ出さないでほしい。

辛いなら伝えてほしい。ただ、私は誰でも良いとは言えない、

大人にはひどい人が沢山います。

貴方は何をどう伝えたいか愚かな大人よりずっと大人なのだと思ってほしい。

そして、貴方に生きていてほしい。

お願いだから・・・。

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自分の場所

ふと、気がついた。

「自分の居場所があれば大丈夫」

そして、どんな状況下でも自分の居場所は必ずあること。

大人も子どもも自分のいわゆる「居場所」がなくて、引きこもったり、命を落としたり、周りや自分を傷つけたり、悩み続けたり・・。

私もそうだった、そして周りに生きる人間はみんな探している。

ほんのした事で、気がつく事、世界が広がること、受け入れられる自分が居ること。

自分の居る場所は「自分で作られ、作り出すモノ。」

子どもはどうしても親の助けが居るし、

親が居ない人や、あてにならない子は

君なりの本能でそのような自分の居場所となる場所や人を見つけるべきであり、

そして、必ず見つけられる。

今も昔も辛いと思う、

それをひっくるめて「先」を探したい。

君や私が幸せになれるように。

そして、取り巻く人たちも美しい人生が送れるように。

私は迷いながら沢山の「自分の場所」を見つけたいです。

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探しているモノ

私の親はお年寄りでもって、嫌いです。いや苦手。

でも、お年寄りは素晴らしい存在だと思う。

多分、少しづつ私はわかるのだろう。だから、親の気持ちとかいうのね。

大人の気持ちや親の気持ち、世間体・・・。

素直になれない大人達が沢山いるのだ。

私は丁度その間にいるのだろう。

それとも、性分でそのままなのか・・。

私はそんな大人達をみて思う。

私は何を見つけようとしているのだろうか。

大切にしたいものはなんだろう。

私の中をまっすぐに貫く信念は何だろう。

いくつになっても真実を見つけたい。

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年を重ねる

私は30才を過ぎる・・・。

年を重ねる事はとても素晴らしい事なのだと思う。

それは人間だけでなく動物も。

また、年をとれるということは健康で生活をして生きてきているということだ。

事故や病気などで惜しくも命を終わらせてしまうこともあります。

でも、事故などで亡くなるモノは懸命に生きている。

また、老衰で亡くなるモノも最後まで懸命に生きる。

素晴らしいと思う。

私はそのモノ達と一つになりたいと思う。

そして、いつか私の生が終わり、

魂がそのモノ達とふれあう事を楽しみにしている。

きっと「暖かい・幸せ」だろう。

そして、私が生きるその周りにもそのモノ達は存在する。

大切に、感謝を込めて・・・。

そして、自殺はいけない。

魂を八つ裂きにするだろう。

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