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臓器という心

最近、臓器売買というコトバを聞く。

私はドナーカードを持ってイタ。

生きていたいのにどうしても辛い人たちがいる。

私は自分の命は自分だけのものだと思って生きてきた。

違うと言うことに気がついた。

私の命を大切に思うヒトがいる。

いのちは何だろう。

とても良い考える機会になった。

自分だけじゃない他人の為のいのち。

命は繋ぐのだ。

死は恐ろしい。

生もわからない。

でも、みんな精一杯生きている。

悪い人も良い人も生きて死ぬときは同じなのでしょう。

生も死も同じ。

神様はいるね。

最近思うのは、

出逢う人・動物たちやモノや事柄すべて私が求めた事なのだろう。

「笑顔で受け入れたい」

私だけの生で体で。

ドナーカードはもう必要ないのかもしれない。

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「心と体」カテゴリの記事

コメント

生きていたい、死にたくない、そういう思いわからなくもない。
臓器移植しても、それは身体にとって異物。
異物を抱え込んで免疫抑制の治療しながら、生きていくことになるんですよね。

私もドナーカード持っていました。
今は持っていません。

辛いこと、だめなこと自分を受け入れて生きていく。
その中に身体のことも入っている気がします。

臓器売買で一番売られる「腎臓」。
私は先天的に1つだと検査でわかった。
多少、疲れやすく無理がきかないとしても
この身体で生きていくしかない。

今を、自分を、他人を愛おしんで生きていきたいですね。

投稿: はづき | 2006年10月 4日 (水) 14時13分

はじめまして。どの記事も深くて共感します。
とくにこの記事は深くて・・・
生と死は同じ・・・
きっとそうだと思います。
そしてそのどちらのすべてをも受け入れていく・・・
これを淡々とできるとき
本当の幸せなのかなあ
と思いました。
感謝。

投稿: きぼう屋 | 2006年10月 4日 (水) 15時44分

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