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包み込む心

イヤな夢を見た。

5年以上も前に(曖昧な記憶)別れた元夫が助けてくれという。

私はここにいるから本当に困ったらここにおいでと言っていた・・・。

女は弱いと夢の中で感じた。

同情?愛情?友情?何だろうこの入り交じった気持ち。

大体この手の夢をみる日は

今の夫とのやりたくない行為のあとだったりする。

私は元夫の消息を知らないし、知ろうとしない。

思春期を共に過ごした彼を私は忘れる事はできないのだろう。

私の気持ちはどこに流れるのだろう。

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お盆

子どもの頃・・東京では7月半ばがお盆

ナスやキュウリに割り箸がさしてあるのが不思議で

それでとても良い物を見つけたと喜んでいた、ワタシ。

日が経つとナスやキュウリにはアリが喰い、虫が喰い。

そして、8月になると

ご先祖さまのお墓の前で火を焚いた。

母の田舎で提灯を持ち畑を走った。

私は母も父も嫌いだ。

でも、長く生きて欲しい。

それは子どものために。

私は祖母が大好きだった。

そして、死んだ今はいつも通りに私は生活している。

私は思う。祖母は死んだけど

私の中で生きている。

ありきたりな台詞だけどそれが一番的確です。

そして、受け継がれていく。

きっと私の魂は「まっすぐ」なのでしょうね、おばあちゃん。

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障害者と健常者

私は障害を持つ子知る。障害者学級に通う。

多分世間からみたら「変!」「オカシイ」「普通じゃない」と言われる。

私は彼が普通だと思う。

それは、動物を可愛がり、悪いモノは悪いと言い、真面目に生きている。

でも、世間のヒトは「オカシイ!」という。

オカシイのは貴方でしょう。と言いたい。

ヒトは自分の事しか考えず、自分の快楽でしか判断しないように思える。

(多分、普通に見えるヒトも助けを求めている。)

私は心の隙間をヒトに奪われ生きる子を知る。

私は自分のおかした罪を償うように生きているのかもしれない。

ワガママに生きてきて、犠牲にした。

私の性格がこの子を受け入れる事ができるのだろう。

真実は私と共についてくるのだろう。

私の進んでいる道は間違っていないのだろう、ね。

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