« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »

日々の抜け穴

うたた寝をしていると・・、

我が家の末ネコがクンクンしてくる。

のどをならし(私にはブウブウと聞こえる)頭をこすりつける。

「おまえはかわいいねぇ・・」と心が和む。

夜中に気が付くと

枕に頭を並べているネコもいれば、

股間の間で丸くなるネコもいて

気が抜けるとはこのことなのだろう。

ありがとう、ネコ達。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

殺したい君へ

親に見せない一面。

私はボランティアで子どもを世話している。

ある男の子が私に

「うるせぇな!おまえには関係ないだろう!」と

すごんできた。

私は彼の言動の悪さには日頃から慣れてはいたが流石に。

「大人をなめるな!関係ないと言われて黙っている大人がいるかぁ!」

と叫んだ。

この子はもっとも信頼できる母もに言えない言葉だった。

ここ数日、少年犯罪で心痛み、涙する。

犯罪者(になってしまった彼ら)はきちんと合図を出しているのだ。

親は子を信頼している、それは正直わかる。

でも、子どもは親の為に自分の言いたい事を我慢しているのではないか・・。

きっと、親じゃなく他力が必要な時もあるのだ。

人を殺した事は悪い事で、同等の罪を背負うべきと私は思う。

そして、これから犯罪者になる君たちは

救われません、

人を殺しても

何も変わらない

君は苦しむ。

変えたいと思うなら

君は一度死になさい。

でもね、もう二度とこの世界は経験できないのだよ。

壊れる前に。

手を広げて周りをゆっくり観察してごらんよ。

そう。

「人は一人では生きられない。成長できない。」

| | コメント (1) | トラックバック (0)

自分をだますこと

ここのところ、うつ病なのだろう。

こんにちは、うっちゃん!て感じだ。

どうしても死にたくなるのは仕方ないことなのだろう。

「ネコ」がいるからさぁ・・とか「子ども」がまともに成長しないからさぁ・・。

を言い訳に生きてる訳で。

そして、「酒」に逃げようとする私。

それを我慢する私。

心から精神病院に入院したいと思う。

逃げる事も隠れる事もできず私は泣く泣く毎日の中で自分を支える。

いつか、壊れる私は、誰も悪くないと思う。

私は私を守れなかった・・・。のだろうか・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

手の届かない思い

頑張らない事。

一生懸命にならない事。

休む事。

私は頑張って、一生懸命に生きてきた。

そう、生き急ぐという意味で。

子どもの頃からずっと・・・。それが正しい事と生きてきた。

でも、そういう生き方だけじゃないのだ。

子どもの頃、何度も自殺をしようとしていた私。

家族に居場所が無かった、幼い私。

両親・きょうだいが憎い。そんな自分の心に直視したくなかったのだ。

あきらめを許しと勘違いしていた。

サヨウナラ、お父さん、お母さん。

サヨウナラ、お兄ちゃん、おねえちゃん。

今までありがとう、そして、さようなら。

私は私の家族を守ります。

そして、私を守ります。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

生き残る事

近所で殺人事件があった。

お母さんが自分の子供を殺した。

職場の人はマスコミからの情報で口々に言う。

殺したお母さんは「うつ病」の病歴があり、通院していた。

子どもがかわいそうよね。。

私はうつ病と診断され通院もしている、もちろん皆には内緒だ。

人は弱いから強くなれるのだと思う。

何度でも言いたいのは

人は一人では生きられない。

そして、生きていてよかったと思うの。

コメントをよせてくれとても共感できるはづサンに出逢い、強く生き続けているかこサンに出逢えた。

そして、これから出逢う人に感謝を込めて・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

弱肉強食

全世界がそうなんだろうと思う。

良いか悪いかそれは時過ぎてもわからないのだろうね。

私は昔、子ネコを2匹拾った。

野良母ネコに弱いから捨てられた子ネコだった。

子ネコは懸命に生きた。でも、死んだ。森に埋めた。

私が弱いから死んだ、私が子どもだから養えないから。そう思った。

忘れられない思い出。

今は階段を後ろ足で懸命に登るあの頃の子ネコがいる。

大きくなったあの子がいる。

姿カタチは違うけど同じなんだと思います。

そして私は再び守ります。

今は強いから・・・。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

親愛なる人へ

今日は大事な人に手紙を書こう。

小さい私の大事な人に。

私は中学の頃いじめにあった。

どうしてか?わからないけど多分、男の子にも女の子に同じようにしている私に問題があったのかもしれないな。

無視(むし)、かげぐち、仲間はずれなどなど・・。

そして今と少しちがう所はね、

みんな自分の事は自分で決めていた事なんだ。

そして、先生もきちんとした大人だったよ。

いじめにあう私を先生は見てみないふりをしたんだ。今なら大変な事だよね。でも、ちゃんと見ていてくれたんだ。

そして、クラスでいじめについて話し合うチャンスをくれた。

私をかばってくれた勇気ある子はなんと「男の子」だった。

よかったな、味方がいるんだと思った事をおぼえている。

大人になるとね、色々な事を忘れてしまう。

でも、いじめられた気持ちはいつまでも残るんだ。

イヤだよね。

優しい君ならきっとやりきれない、心がきゅっとする、いいもんじゃないよね。

でも、忘れないでこの気持ち。

ずっと大人になり、この気持ちをもつことは悪いことじゃない。

私はすこーしだけ、知っていて良かったな・・いじめられる事。

そう、「人を大切に、優しくする」 意味がわかる。

大人になるとがまんしなくちゃいけないのだよ。

イヤなやつもゆるしてあげなきゃいけないし。

君はきっと心の大きな大人になるんだね。

私はそう思う。

だから、つらいかもしれないけど私は言うね。

「ふんばりなよ~、なみだでてもがんばりなよ・・・。」

そして、ほかのやつより大きくなるんだよ。

君なら大丈夫なんだ!つらくて苦しいときもあるんだよ。

生きて生きていきぬいてください。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

ネコさん

先日、コメントさせて頂いた方を思い出す。

誰かを見送ると言うこと・・。

生きるモノの定めというのでしょうか?

人も、ネコも犬も生きると言うことは同じなのではないでしょうか?

あの人は「家族」と言いました。

そうですね、血の繋がりじゃなく 「 思い 」 なのでしょう。

「大切に」 「共に」 「思いやり」 生きてきた。

貴方が沢山の幸せに包まれますように。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2006年5月 | トップページ | 2006年7月 »